2022年、数え切れないほどの歴史と重圧を背負い、十三代目市川團十郎白猿を襲名してから早や4年。歌舞伎界のドンとも称されるこの大名跡の当代として、彼は古典の継承だけに留まらず、実に精力的に活動の場を広げている。伝統的な歌舞伎の枠を超え、話題のテレビドラマへの出演や、現代人の感性に響く斬新な公演企画が連日メディアを賑わせている。特に今年2026年に入ってからの動きはめまぐるしく、往年のファンはもちろん、これまで敷居が高いと感じていた若い世代をも確実に惹きつけているようだ。襲名直後は「コロナ禍での披露興行」という前代未聞のピンチを経験したが、今ではその逆境すらも力に変えたかのような円熟味と、挑戦者としての若々しい輝きを同時に感じさせる。当記事では、ドラマ『リブート』で見せた怪演と、全国各地で開催中の「特別公演」を軸に、十三代目團十郎の「今」を徹底掘り下げる。
まず、今年3月に放送されたTBS日曜劇場『リブート』での衝撃的な登場をご存じだろうか。鈴木亮平演じる主人公の前に立ちはだかる大物政治家という役どころで、これが実に襲名後初のドラマ出演となった。演じたのは、裏組織と通じつつも、自身は国の理想のために汚れ役を買って出るという、いわゆる単純な悪ではない複雑な人物。製作陣が「強さと温度を同時に宿す唯一無二のたすき掛け」とオファーした理由は、あの眼力を見れば納得である。特に、弟である警視庁監察官を演じる伊藤英明との緊張感あふれる対峙シーンは、画面を通してこちらが息を呑むほど。役作りのために体重を増やし、2歳年上の伊藤に対して「年上に見えるよう意識した」というプロ根性は、350年の歴史を持つ家系の当主ならではの執念を感じさせた。歌舞伎の「荒事」で鍛えられた体幹と表情のコントロールは、ドラマのリアリティを一段上の芸術領域に引き上げていた。もしかすると、私たちは今、黒澤明や三船敏郎が築いた時代劇の域を超えた、新しいタイプの「演技派俳優・市川團十郎」の誕生を目の当たりにしているのかもしれない。
もちろん、彼の本業である歌舞伎の活動も絶好調だ。襲名披露の熱狂がひと段落した今だからこそ見える、深みと円熟味が加わった舞台を観ようと、全国の劇場が熱気に包まれている。例えば、2026年3月には川崎のカルッツかわさきや高崎芸術劇場において、「市川團十郎特別公演」が開催された。この公演の演目構成が実に興味深い。『源氏物語 〜夕顔〜』のような優雅で気品あふれる「和事」的风情と、『素戔嗚大蛇退治』や『荒事絵姿化粧鑑』のような、成田屋の代名詞である力強い「荒事」を一日で同時に上演するという贅沢な内容だったのだ。これは単なる「見本市」ではなく、当代の團十郎が、初代團十郎が生み出した荒事の神髄を継承しつつも、それだけが全てではないという柔軟な芸術観の現れだろう。襲名から数年が経ち、形式的な「お披露目」から、実質的な「藝術の勝負」の時期に移行した証左である。観客は、『源氏物語』で見せる色気と繊細な間合い、そして『素戔嗚大蛇退治』で見せる神がかった荒々しさ。この二面性を一度に堪能できるという、何ともぜいたくな時間を過ごしたことだろう。
歴代の團十郎を振り返ってみると、この名跡の歴史は常に「伝統」と「革新」の綱引きの上に成り立ってきたことがわかる。初代は江戸時代にそれまでの歌舞伎にはない荒っぽい動きとケレン味を導入し、観客を度肝を抜いた。七代目はそれらの演目を『歌舞伎十八番』として選定・確立し、「家の芸」としての権威を打ち立てた。そして明治の九代目は「活歴」と呼ばれる写実主義を取り入れ、天皇観覧を実現して歌舞伎の社会的地位を高めた。先代の十二代目は病と闘いながらも海外公演を積極的に行い、世界に日本の伝統芸能を発信した。つまり、当代である十三代目もまた、この「伝統と革新」の連鎖の中にいる。テレビドラマへの出演も、従来は門外不出とされた『源氏物語』の要素を積極的に見せる演出も、全ては歌舞伎を「生きた芸術」として次代に繋ぐための布石に他ならない。
ただし、決して楽な道のりではないことも確かだ。演劇評論家の上村以和於氏が指摘するように、当代はこれまで古典作品をあまり手掛けてこなかったという見方もある。これから團十郎として『勧進帳』や『助六』といった「十八番」の大曲にどう取り組み、どのように自らの解釈を吹き込んでいくのか。これは文字通りの「試金石」となるだろう。加えて、この名跡には悲劇の歴史もつきまとう。初代は舞台上で刺殺され、八代目は謎の自殺を遂げ、十二代目は白血病と肺炎との壮絶な闘いの末にこの世を去った。当代は現在48歳。まさに脂の乗り切った円熟期だが、それゆえに体調管理は最優先の課題のはずだ。昨今の精力的な活動を見ていると、時にファンとしては「無理をしていないか」と心配になってしまう。それでもなお、彼が前に進み続けるのは、自分だけではなく、これから市川家の将来を背負うであろうお子さんたちへの責任と、何より舞台に立つことの喜びを知っているからに違いないさて、気になる今後のスケジュールだが、2026年10月には京都・南座での『市川團十郎 特別公演』の上演が決定している。現在はまだ演目の詳細までは明らかになっていないが、春に行われた『源氏物語』と『荒事』の二本立てが好評だっただけに、秋の南座でどのような“趣向”を凝らしてくるのか、楽しみでならない。南座は京都の伝統を代表する劇場であり、当代は襲名披露の際にもここで公演を行っている。いわば「勝負師」としての実力を試される特別な舞台であると言えるだろう。また、先日行われた公演では、一等席が11,000円という価格設定も話題になった。歌舞伎はどうしても「高い」「敷居が高い」イメージがあるが、この価格帯は決して手が届かないものではない。実際に劇場に足を運んでみると、若い女性客や外国人観光客の姿も多く見られ、伝統芸能のイメージは確実に変わりつつある。もしあなたがまだ生の團十郎を見たことがないのなら、ぜひ一度、チケットを取ってみてほしい。スクリーンの中の怪演も素晴らしいが、やはり彼の真価は、生の声と、客席を一瞬で異空間に変えるあの「にらみ」にある。令和の世に甦った江戸の魂を、あなた自身の肌で感じてほしい。
