「さわやか律子さん」中山律子さんが死去、84歳——女子プロ1期生、ボウリングブームの顔 パーフェクトゲームの先駆者

media generation nakayama featured 0 592821a9 4041 4248 9319 160e53613867

「さわやか律子さん」の愛称で人気を集め、ボウリングの一大ブームをけん引したプロボウラーの中山律子さんが7日、亡くなった。84歳だった。日本プロボウリング協会が発表した。病気療養中だったという。1960年代後半から70年代にかけて、日本中にボウリングブームを巻き起こした国民的ヒロインの歩みを振り返る。

中山律子さんのイメージ

女子プロ1期生としてデビュー——1969年

中山さんは鹿児島県出身。鹿児島女子高校ではバレーボール選手として活躍した。1969年に誕生した女子プロボウラー1期生13人の1人としてプロ入りした。当時、ボウリングは日本で急速に人気を集めつつあり、中山さんはその中心的存在となっていった。

女子プロ初のパーフェクトゲーム——1970年

中山さんの名を不動のものにしたのが、1970年の快挙だ。テレビ番組の収録中に行われた月例会の決勝で、女子プロ初のパーフェクトゲーム(300点満点)を達成した。シャンプーのテレビCMで流れた「さわやか律子さん」のフレーズがお茶の間で大人気となり、中山さんはボウリングの顔となった。プロ通算33勝を挙げ、第一線で活躍を続けた。

ボウリングブームのイメージ

ブームの象徴から協会のトップへ

中山さんは現役引退後も、ボウリングの普及と発展に尽力した。2004年には女性初の日本プロボウリング協会会長に就任し、2012年に名誉会長となった。プロとアマチュアによるジャパン・レディース・ボウリングクラブ(JLBC)の会長も務めるなど、競技のすそ野を広げる活動を続けた。昭和のボウリングブームを象徴する存在として、長くファンに愛された。

まとめ

中山律子さんは7日、84歳で亡くなった。1969年に女子プロ1期生としてデビューし、1970年には女子プロ初のパーフェクトゲームを達成。「さわやか律子さん」として国民的人気を集め、日本のボウリングブームをけん引した。プロ通算33勝を挙げ、引退後は女性初の日本プロボウリング協会会長として競技の発展に尽力した。昭和を彩った伝説のボウラーの訃報に、多くのファンから惜しむ声が寄せられている。

関連記事

出典:NHK、共同通信の報道をもとに編集部が解説。出典リンク:https://news.web.nhk/newsweb/na/nd-20261107de72117、https://news.yahoo.co.jp/articles/38a0ee4c7dd2f29603f8c060e1ec235625a3557e

media generation jpnewshub logo 2 0 d1227f30 d2cb 4a3d b4bc 87df1c459dd2

About 編集部

JPNewsHubは、日本の最新ニュース・トレンド・芸能情報を迅速にお届けする編集チームです。読者の皆様に正確でわかりやすい情報を提供することを使命としています。

View all posts by 編集部 →

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です