三億円事件から半世紀以上 「劇場型犯罪」の完全犯罪、日本犯罪史に残る未解決事件の真相

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1968年(昭和43年)12月10日午前、東京都府中市晴見町4丁目の「学園通り」路上で、金融機関の現金輸送車に積まれた約3億円の現金が、白バイ警察官に扮した男に奪われる事件が発生しました。正式名称は「現金輸送車強奪事件」。犯人はついに逮捕されず、1975年(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し、日本犯罪史に残る未解決事件となりました。(日本語版ウィキペディア)

白バイ警官に扮した男、わずか3分間の犯行

犯人は日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車を停車させ、「車の下にダイナマイトが仕掛けられている。危険だから避難しろ」と告げて発炎筒に点火。4人の銀行員が退避した隙に輸送車を奪って逃走し、約3分間の犯行でした。奪われたのは東芝府中工場の従業員のボーナスなどで、被害額は2億9430万7500円に上りました。犯人が用いた白バイや逃走用の車は、いずれも盗難車だったとみられています。犯行の約8か月前には、銀行に脅迫状が送られていたことも分かっています。(日本語版ウィキペディア、報道各社)

空前の大捜査も実らず、1975年に時効成立

警視庁は府中警察署に特別捜査本部を設置し、警察の威信をかけた捜査を展開しました。捜査に当たった警察官は延べ17万人、捜査費用は7年間で9億円以上に達し、容疑者リストは11万人に上りました。しかし真犯人にはたどり着けず、事件から7年後の1975年12月10日に公訴時効が成立。民事の損害賠償請求権も1988年に除斥期間の経過で消滅しました。(日本語版ウィキペディア)

「少年S説」は有力な説の一つにすぎない(諸説として)

半世紀以上にわたり語り継がれてきた有力な説の一つが、事件の5日後に青酸カリ自殺を遂げたとされる当時19歳の少年Sを犯人とする説です。Sは多摩地区の不良少年集団「立川グループ」のリーダー格で、車やバイクの窃盗の常習者だったとされます。発炎筒をダイナマイトに見せかけて現金を奪う手口は、半年前に同グループのメンバーが立川のスーパーで使ったものと一致し、Sの父親が交通機動隊に勤務していたことから白バイ警官の動作に詳しかったのではないかと指摘されてきました。ただし、これらはいずれも確定的な証拠に裏付けられたものではなく、あくまで未確認の説として語られているにすぎません。犯人の特定には至っていないのが事実です。(各種考察記事を基に構成)

なぜ「完全犯罪」になったのか

捜査の不手際も指摘されています。多額の現金輸送に際して銀行が管轄警察署への警備要請を怠り、現金輸送専用車を使用していなかったこと、事件直後の緊急手配や初動捜査の遅れなどが、犯人の逃走を許した要因とされています。一方で、犯人は輸送ルートや時刻を正確に把握し、乗り捨て現場に選んだ場所がパトカーの休憩所で犯行直後の時間帯は誰も来ないことまで知っていたとみられ、綿密な下調べをうかがわせます。誰も傷つけず、鮮やかに約3億円を奪い去った手口は「劇場型犯罪」「完全犯罪」と呼ばれ、多くの小説や映画の題材になりました。(日本語版ウィキペディア)

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