1995年7月30日夜、スーパーの事務所で起きた凶行
事件が起きたのは1995年7月30日21時17分頃です。東京都八王子市大和田町のスーパー「ナンペイ大和田店」(のちに店名が「ひまわり」に変わり、1998年に閉店しました。跡地は現在、駐車場になっています)の2階事務所で、拳銃を持った何者かが押し入り、店内にいた女性従業員3人を射殺しました(日本語版ウィキペディア)。 犠牲になったのは、パート従業員の稲垣則子さん(当時47歳)、アルバイトの女子高生だった前田寛美さん(当時17歳)、矢吹恵さん(当時16歳)の3人です。犯行は21時15分頃から、被害者の1人を迎えに来た知人が到着した21時20分までの、わずか5分間未満の間に起きたとみられています。
現場の惨状と「何も奪われなかった」という最大の謎
現場に残された状況は、事件の異様さを物語っています。パート従業員は銃把で右顔面を殴られた後、額と頭頂部に銃口を押し付けられて計2発を撃たれました。女子高生2人は粘着テープで口を塞がれ、互いの右手と左手を縛られたうえ、うつ伏せにされた状態で至近距離から後頭部に1発ずつ撃たれて殺害されました。3人とも即死だったとされています。 ところが、犯人は銃撃後に金品を何も奪わずに逃走しました。金庫には鍵が差されたまま、金庫の扉には人に向けて放たれたものとは別に1発の銃弾の跡がありましたが、開けようとした形跡はなく、金庫内の現金約526万円や貴金属類、被害者の持ち物にはまったく手をつけられていませんでした。事務所内を物色した形跡すらなかったのです。このため、警視庁八王子署の特別捜査本部は当初強盗説を重視しましたが、現在では強盗説と怨恨説の両面で捜査を続けています。強盗なのか、それとも怨恨なのか――事件の最大の謎は今も解けていません。
フィリピン製の拳銃と「顔を見た目撃者なし」
事件で使用された拳銃は、フィリピン製のスカイヤーズビンガムとされています。しかし決定的な手がかりは乏しく、犯人は何者にも目撃されておらず、「誰も犯人の顔を見ていない」という状況が捜査を困難にしています。捜査特別報奨金の対象事件の中で、犯人が特定されていないものとしては、発生時期が最も古い事件となっています。 当時は監視カメラも少なく、DNA鑑定技術も現在ほど発達していなかったことから、現場に残された物的証拠の少なさが、30年以上にわたる未解決の大きな要因になっています。動機も強盗説と怨恨説に分かれたままで絞り込めず、目撃者がいない状況が続いています。
「日本における銃犯罪のターニングポイント」
この事件は、日本の警察が「日本における銃犯罪のターニングポイント」と位置づけています。それまで銃器は暴力団やテロリストが用いるものというイメージでしたが、この事件では「東京郊外の小さなスーパーで働く普通の市民」に銃口が向けられたからです。身近な場所で働く一般市民が拳銃で命を奪われたという衝撃は、日本社会に銃犯罪の脅威を改めて突きつけました。
時効は廃止、30年目の注目――NHK「未解決事件」
捜査は一度、時効の壁に直面しました。2010年7月に公訴時効が迫りましたが、同年4月27日に施行された改正刑法・刑事訴訟法により、殺人罪などの時効が廃止され、遡及適用されたことで捜査は継続しています。 事件から30年を迎えた2025年7月30日には、被害者の女子高生の母校で追悼礼拝が行われました。また、2025年10月に放送が始まったNHKの新シリーズ「未解決事件」File.01では、この事件が取り上げられました。NHKによると、200人以上の関係者への取材をもとに、捜査資料に基づく再現が行われています。
事件解決への期待
警視庁八王子警察署の特別捜査本部は、現在も情報提供を呼びかけ続けています。30年以上の歳月が流れても、事件の解決を願う遺族や関係者の思いは変わっていません。わずかな情報が解決の糸口になる可能性があります。事件について心当たりのある方は、八王子警察署の特別捜査本部への情報提供が呼びかけられています。
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