白地に赤い丸。日本の国旗「日の丸」は、世界で最もシンプルで美しい旗の一つと言われます。正式名称は「日章旗(にっしょうき)」ですが、一般的には「日の丸」と呼ばれています。この旗の歴史は、意外なほど古く、そして波乱に満ちています。

武士の時代から|軍扇に描かれた太陽
日の丸のシンボルが最初に旗に用いられたのがいつなのかは、はっきりとは分かっていません。しかし、12世紀の源平合戦の頃には、武士たちが「軍扇」と呼ばれる扇子に太陽の丸を描くことを好んだとされます。
15世紀から16世紀の戦国時代には、日の丸は多くの武将の記章として広く用いられました。1600年の関ヶ原の戦いを描いた屏風絵には、旗全体に日の丸を描いた軍勢の姿が見られます。白地に赤い丸が最も一般的でしたが、紺地に金色の丸というものもあったそうです。
また、13世紀の元寇の際、日蓮が太陽の円を描いた旗を天皇に献上したという伝説も残っています。天皇が太陽神・天照大神の子孫とされることと、日の丸の太陽のイメージは深く結びついています。
1854年・日本総船印|国を表す旗になる
日の丸が国全体の象徴として用いられるようになったのは、16世紀後半の豊臣秀吉や17世紀初めの徳川家康が、外国との貿易船にこの旗をつけたのが始まりとされます。
決定的な転機は1854年(嘉永7年)でした。日米和親条約の調印後、日本船を外国船と区別するための標識が必要になり、薩摩藩主・島津斉彬の建白を受けて、老中・阿部正弘が「白地日の丸幟」を日本国総船印(日本惣船印)に定めました。
当初、幕府内では徳川家の家紋にちなむ「中黒」(白地に黒の縦線)を推す声もありましたが、開明的な藩主たちの後押しで日の丸が選ばれたのです。1855年には薩摩藩から幕府に献上された軍艦「昇平丸」が日の丸を掲げて江戸に回航し、これが日の丸を船旗として掲げた第一号とされています。

1870年・明治政府の商船旗|太政官布告第57号
1868年に明治政府が成立すると、日の丸は新しい日本の象徴として引き継がれました。1870年(明治3年)1月27日の太政官布告第57号によって、日の丸は公式に日本商船の旗と定められました。同年10月には海軍の軍艦旗としても定められています。
1872年には政府庁舎に初めて掲揚され、祝日には一般家庭や民間の組織も好んで日の丸を掲げるようになりました。こうして日の丸は、国民に親しまれる旗へと成長していきました。
1999年・正式な国旗に|国旗国歌法の成立
長い間、日の丸は法律で国旗と定められていませんでしたが、事実上の国旗として使われ続けました。1999年(平成11年)8月13日、「国旗及び国歌に関する法律」が成立・施行され、日の丸(日章旗)が正式に日本の国旗と規定されました。
戦後の連合国占領期には日の丸の使用が厳しく制限された時期もありましたが、やがて緩和され、現在では学校や公共施設、スポーツの国際大会などで広く掲揚されています。

日の丸のデザイン|縦横比2:3の美しさ
日の丸のデザインは法律で細かく定められています。縦横の比率は2:3で、赤い円は旗の中央に位置し、その直径は旗の縦の長さの5分の3とされています。
赤い丸は太陽を象徴し、「日出づる国」日本のイメージそのものです。世界中の国旗の中でも、日の丸ほどシンプルで印象的なデザインは珍しく、海外でも高く評価されています。
まとめ
武士の軍扇から始まり、貿易船の目印、明治の商船旗を経て、1999年に正式な国旗となった日の丸。その歴史は800年以上に及びます。次に日の丸を見かけたら、その長い物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

