2005年4月に起きたJR宝塚線(福知山線)脱線事故で妻と妹を亡くし、遺族らでつくる「4・25ネットワーク」の世話人を務めた浅野弥三一(あさの・やさかず)さんが13日午後1時15分、心不全のため大阪府豊中市の医療施設で死去しました。84歳でした。葬儀は近親者で営み、喪主は長女の吉成充智さんが務めました。朝日新聞や共同通信、神戸新聞、中日新聞などが伝えました。
妻と妹を亡くし、遺族の声を束ねて
浅野さんは宝塚市出身の都市計画コンサルタントで、阪神・淡路大震災後の復興まちづくりにも携わりました。2005年の事故では妻の陽子さん(当時62)と妹の阪本ちづ子さん(同55)が犠牲となり、次女も重傷を負いました。浅野さんは他の遺族や負傷者と情報交換の場として「4・25ネット」を結成。2007年には国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)が開いた意見聴取会で公述人を務めました。
JR西日本との異例の共同検証を実現
JR西日本に対して事故原因の共同検証を申し入れ、「課題検討会」の立ち上げにつなげたのが浅野さんの大きな足跡です。被害者と加害企業が同じテーブルで話し合う異例の取り組みは2011年に報告書を公表しました。その後、大学教授らを加えた「安全フォローアップ会議」が発足し、浅野さんはメンバーとして安全管理体制や企業風土の問題について議論を交わし、2014年に公表した報告書では事故の背景にJR西の組織的問題があったことを指摘しました。2021年に台湾で発生した脱線事故の遺族とも交流し、自ら現地を訪れて助言するなど、近年も鉄道の安全の実現をめざして活動を続けていました。
浅野さんが生涯をかけて求めた「安全な鉄道」の実現に向けた技術開発は今も続いています。鉄道関連では、JR東海が自動運転を搭載した次期新幹線「S0系」を発表するなど、安全と効率を両立させる取り組みが進んでいます。

