ボクシング漫画「あしたのジョー」で知られる漫画家のちばてつや(本名・千葉徹弥)さんが10月22日、骨髄異形成症候群のため東京都内の病院で死去しました。87歳でした。27日に発表され、葬儀は近親者による家族葬で営まれたといいます。喪主は妻の幸子さんで、後日、お別れの会を検討しているということです。(朝日新聞、日本経済新聞、時事通信、NHK)
「あしたのジョー」が社会現象に
ちばさんは1939年、東京・築地で生まれました。幼くして旧満州(現在の中国東北部)に渡り、現地で終戦を迎え、1946年に日本に引き揚げました。高校在学中の1956年に漫画家としてデビューし、1961年の「ちかいの魔球」で少年誌に進出しました。原作の高森朝雄(梶原一騎)さんと組んだ「あしたのジョー」は1968年から連載が始まり、ボクシングに命を懸ける主人公・矢吹丈の生き様が若者を中心に爆発的な人気を呼びました。ライバル・力石徹の死に際しては、劇作家らによる「葬儀」が営まれるほどの社会現象となり、テレビアニメや映画、舞台にもなりました。
スポーツ漫画の名手、多彩な代表作
ちばさんの持ち味は、はつらつとした人間味あふれるスポーツ漫画でした。「おれは鉄兵」では剣道、「のたり松太郎」では相撲、「あした天気になあれ」ではゴルフを描き、「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」などもヒットしました。どの作品にも、勝敗だけでなく、悩みながらも前を向く人間の姿が描かれています。60代以降は病気で創作を控えめにしながらも、2015年にはエッセー漫画の連載を始めるなど、晩年まで描き続けました。
漫画家初の文化勲章、後進の育成にも尽力
ちばさんは2002年に紫綬褒章、2012年に旭日小綬章、2014年に文化功労者に選ばれ、2022年には日本芸術院が新設した「マンガ」の分野で会員に選ばれました。そして2024年には、漫画家として初めて文化勲章を受章しました。日本漫画家協会の会長などを歴任し、2005年からは宇都宮市の文星芸術大学で漫画を教え、2019年から2022年まで学長を務めるなど、後進の育成にも力を注ぎました。
背景 引き揚げ体験が育んだ反戦の思い
ちばさんの作品と発言の根底には、旧満州で終戦を迎えた引き揚げ体験がありました。混乱の中で命からがら帰国した経験を漫画や自伝、講演でたびたび語り、平和と自由を守りたいという思いを公の場でも発信してきました。表現規制への反対の声を上げることもあり、漫画を単なる娯楽ではなく、社会と向き合う表現として大切にしてきた姿勢がうかがえます。
なぜ今、この死去が重いのか
ちばさんの死去が大きく報じられるのは、「あしたのジョー」が単なる人気漫画を超え、戦後の日本人の生き方そのものを映し出す作品だったからです。真っ白に燃え尽きたジョーの姿は、世代を超えて語り継がれてきました。漫画家として初めて文化勲章を受けたことは、漫画が日本の文化として正式に認められた象徴でもあります。お別れの会の日程などが今後の焦点となりますが、ちばさんが残した作品と、漫画を文化として育てようとした志は、これからも読み継がれていくことでしょう。
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