中国の習近平国家主席は27日、死去した福田康夫元首相の遺族に弔電を送りました。中国外務省が発表したもので、新華社電を通じて内容が伝えられました。習氏は福田氏について「信義と責任感がある日本の政治家であり、中国人民の古くからの友人でもあった」とし、「長きにわたり中日友好に心を砕き、正しい歴史観を堅持した」とたたえました。中国側は、福田氏が中日関係とアジアの発展のために果たした貢献を記憶にとどめると述べています。(朝日新聞、共同通信、産経新聞)
弔電の文面と「四つの政治文書」への言及
弔電で注目されたのは、哀悼の言葉に続く一節です。習氏は遺族に対し、福田氏の遺志を受け継いで引き続き中日友好に尽力するよう期待を示したうえで、「日本の為政者」に対し、先代の政治家が注いだ心血と努力を大切にし、1972年の日中共同声明など日中間で交わした四つの政治文書を厳守し、両国関係の政治的基礎を確実に守ることを望むと述べました。四つの政治文書には、日中共同声明のほか、福田氏が首相在任中の2008年に署名した「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」が含まれます。共同通信は、この文言について、日中共同声明が「一つの中国」を唱える中国の立場を十分理解し、尊重すると表明していることから、高市政権に台湾問題の慎重な扱いを求めた形だと伝えています。
遺族宛てという形式にも注目
今回の弔電が遺族宛てだった点も、報道では注目されています。朝日新聞によると、習氏は2022年に安倍晋三元首相が死去した際は当時の岸田文雄首相宛てに、昨年村山富市元首相が亡くなった際も当時の石破茂首相へ弔電を送っていました。今回の発表に高市早苗首相の名前はないと、朝日新聞は指摘しています。弔意そのものは福田氏個人への評価に重きを置きつつ、現政権へのメッセージは間接的な形で込められた格好です。
背景 福田氏と日中関係の歩み
福田氏は2007年から2008年まで首相を務め、父・福田赳夫元首相と並ぶ初の親子首相として知られます。首相在任中の2008年5月には中国の胡錦濤国家主席(当時)が来日し、両国は「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」に署名しました。退任後、福田氏は中国主導の国際フォーラム「博鰲アジアフォーラム」の理事長を長年務め、アジアの交流と協力の促進に携わりました。産経新聞によると、習氏はこの理事長としての活動にも触れ、福田氏の貢献を深く心に刻むと述べています。日中関係が冷え込む局面でも対話のパイプを保とうとした政治家として、中国側から高く評価されてきた人物でした。
なぜ今、この弔電が注目されるのか
弔電が注目される背景には、現在の日中関係の微妙な空気があります。中国は、高市首相の台湾有事に関する国会答弁に反発していると伝えられており、産経新聞は、習氏が弔電を借りて首相に注文を付けたと分析しています。一方で、弔電という外交上の慣例に沿った形で、福田氏への敬意と対話の余地を同時に示したとも読めます。弔意と注文が一通の文書に同居した今回の弔電は、北京が東京との関係をどう位置づけているかを映す一つの手がかりとなりそうです。今後、日中首脳の接触や外交当局間のやり取りで、台湾問題をめぐる双方の発言がどう変化するかが注目されます。
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