日本の天皇制は、世界で最も古い世襲の君主制といわれています。初代とされる神武天皇から現在の徳仁天皇(今上陛下)まで、126代の天皇が数えられています。王朝が一度も交代することなく続いてきた例は、世界の歴史を見渡しても他にありません。

神話の始まり|神武天皇と天照大神
皇室の伝承によれば、天皇の祖先は太陽の女神・天照大神にさかのぼります。天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が地上に降り、その子孫である神武天皇が紀元前660年に即位したとされています。この物語は『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)に記されました。
ただし、神武天皇をはじめとする初期の天皇については、史実としての裏付けは乏しく、伝説的な存在と考えるのが一般的です。歴史的に実在が確実視されるのは、5世紀ごろ以降の天皇からとされています。
126代の系譜|男系で受け継がれる皇位
皇室では、歴代126代の天皇が数えられています。そのうち9人は女性の天皇で、最初は推古天皇(在位592〜628年)、最後は明正天皇(在位1629〜1643年)でした。皇位は基本的に男系で継承されてきました。
2019年5月1日、第125代・明仁上皇の退位を受けて徳仁天皇が第126代天皇として即位し、「令和」の時代が始まりました。生前退位は約200年ぶりのこととして、世界的にも大きな注目を集めました。

三種の神器|皇位継承の証
天皇の象徴とされるのが「三種の神器」です。草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の3つで、天照大神から授けられたと伝えられています。皇位の継承にあたっては、これらの神器の継承が重要な意味を持ってきました。
八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は熱田神宮に奉安されているとされ、勾玉は皇居にあると伝えられています。いずれも一般公開はされておらず、その神秘性が保たれています。
なぜ続いたのか|象徴としての強さ
中国の王朝が何度も交代し、ヨーロッパの王家が革命で倒れる中、なぜ日本の皇室だけが続いたのでしょうか。歴史家たちは、天皇が政治の実権から距離を置き、「権威」と「権力」を分離させてきたことが大きいと指摘します。実際の政治は摂関や将軍が行い、天皇は神聖な象徴として君臨する――この仕組みが、政変の嵐から皇室を守ってきました。
明治維新で天皇が政治の中心に戻った時期もありましたが、戦後の日本国憲法では天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定められ、国政に関する権能を持たないことが明記されています。

まとめ
神話の時代から令和の今まで、126代にわたって続く天皇制。その長さの背景には、神話と歴史、権威と権力の巧みなバランスがありました。皇居や伊勢神宮を訪ねるとき、この2600年ともいわれる物語を思い出してみてください。きっと景色が違って見えるはずです。

